蚕都上田アーカイブ・・・・・・120年前の講義が甦る、小県蚕業学校長 三吉米熊講義『外国養蚕術』他『蚕体生理学』『蚕体病理学』『桑樹栽培法』他

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二十五年祝賀記念帖
二十五年祝賀記念帖

 『長野県立小県蚕業学校創立二十五年祝賀記念帖』小県蚕業学校卒業生同窓会 大正5年4月1日  (長野県上田東高等学校蔵) 

 明治25年小県郡立として開校した蚕業学校は、明治34年県下で最初の県立の実業学校となり、場所も設立時の丸掘りから新参町の旧小県高等小学校あと(現上田高校)を経て、明治33年1月には、上田町常入権現坂上に新しい校舎を建築して移った。同年4月甲種に昇格し、翌34年には県立に移管して長野県立小県甲種蚕業学校と改称した。地域の蚕糸業の発展も目覚しく、また学校の教育も全国の注目を集め、入学志願者は定員の数倍に達し、生徒は全国から集まった。

 こうした気運のなかで、大正5年学校創立25年を記念して、祝賀会が開かれ校長三吉米熊の功績を称えて銅像が建立された。この『祝賀記念帖』にはこの間の学校の記録と校長三吉米熊の活躍を称える各界の人物の文章を収録している。

 駒場農学校の同窓生で設立当初の長野県知事押川則吉は、次のように書いている。

 「君ト予トハ徒ニ駒場農学校ニ於テ学窓ヲ共ニシタルノミニアラズ君が 長野県ニ奉職ノ間嘗テ命ゼラレテ仏国ニ留学スルヤ予モ又均シク彼地ニ在リ君ノ懇篤ナル指導ニヨリ同国里昴市ニ蚕糸事業ノ視察ヲナシタルコトアリ又後年予ガ長野県ニ行政長官ノ職ヲ奉ジタル際該県蚕糸業行政ニ就テハ君ノ深厚ナル智識ト経験トニ信頼シ心ヲ安ンジテ職務ヲ遂行シ以テ遺憾ナキコトヲ得タルコトアリ・・・・
予ノ日頃密カニ感嘆措クコト能ハザルハ君ガ学生時代ヨリ透徹シテ恬淡ノ資性ヲ完フシ利禄ノ声ニ誘ハレズ天授ノ地ニ離レズシテ一地ニ在リテ只管蚕糸事業ノ進歩発達ノ為ニ心身ヲ委ネ諄々乎トシテ倦マザルコト是ナリ」

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権現坂時代の校舎正面
権現坂時代の第4蚕室

左:権現坂時代の校舎正面
右:蚕室

口絵写真から
明治27年7月卒業生
 ↑明治27年7月卒業生 設立時の学校(上田町丸堀)
明治29年4月卒業生及現在生
 ↑明治29年4月 卒業生と在籍生徒
明治34年4月卒業生及現在生 学生服が初めてみえる
 ↑明治34年4月卒業生と在籍生徒 学生服姿が初めて見える
養蚕実習
 ↑養蚕実習
十二鍬圃場整地実習
 ↑十二鍬圃場整地実習(背景建物は校舎)
水田馬耕整地実習
 ↑水田馬耕整地実習
蚕具製作実習
 ↑蚕具製作実習





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