蚕都上田アーカイブ・・・・・・120年前の講義が甦る、小県蚕業学校長 三吉米熊講義『外国養蚕術』他『蚕体生理学』『蚕体病理学』『桑樹栽培法』他

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蚕都上田アーカイブ

 蚕都上田アーカイブは、小県蚕業学校にかかわる写真や資料を収集・デジタル化し、公開する作業を進めています。

 小県蚕業学校は、当時成立したばかりの小県郡会の議決を経て、長野県への設立認可を申請、明治25年4月1日に設立認可、5月1日には開校という慌ただしい日程のなかで始まりました。学校は、蚕業学校の開設にかける地元の人々の熱意によって生み出されました。

 校長は、三吉米熊。前年にヨーロッパのイタリア、フランスへの蚕糸業調査から戻ったばかりでした。三吉米熊は、長州の出身、駒場農学校を卒業後、明治14年から長野県職員として農業指導にあたっていましたが、明治22年、農商務省の委嘱によって欧州に渡航し調査にあたっていたのでした。

 わが国の、蚕糸業は、明治期に入ると、政府の殖産興業の波に乗って、ヨーロッパの新しい技術や制度を取り入れながら一層活発化し、恐慌による生糸の大暴落まで隆盛の一途を辿っていきます。小県蚕業学校における蚕業教育は、この地域の伝統の上に、イタリア・フランスの経験を踏まえた三吉米熊を中心としてつくられていったのでした。

 しかし、この間の経緯を語る資料は少なく、その具体的な様子は、例えば初期の教育課程や授業内容等の教育の実際など殆ど知られず、小県蚕業学校の校舎は、太平洋戦争中に焼夷弾による火災で全焼し、戦後も一度全焼しています。そのため、学校資料も全て灰燼に帰してしまい、小県産業学校の後進である上田東高校にも当時の資料は残っていません。

 しかし、上田東高校同窓会では、同窓生や地域に呼びかけて、当時の講義録などの資料を収集し、また同窓生より折りに触れて寄託された資料を保管してきました。その中には、創立期の様子を知る貴重な資料も含まれています。また、国立国会図書館には、小県蚕業学校関係の著作や刊行物(たとえば事蹟報告)が、近代デジタルライブラリーのなかに、デジタル資料として収蔵されています。

 今回、このサイトでは、上田東高校同窓会が所蔵する資料、同窓生から寄託された資料、及び国立国会図書館所蔵資料をデジタルファイルとして、一般に活用しやすい形にまとめて公開するものです。この時期の資料はマクロフィルムとして公開対象になっているものもあるのですが、残念ながら、その形では一般に利用しやすいとはいえません。近年のITの進歩は、今回の私たちのサイトのような形で、さまざまな資料が一般に提供されていくことを容易にしています。

 その一方、利用されることなく、実質的には死蔵されている貴重な歴史的資料が数多く存在しているのではないかと思います。

 私たちは、このサイトを訪問される方々が、それぞれの立場や関心に応じて資料を活用し、そのことによって、こうした閉鎖的な状況が少しでも改善されることを願うものです。





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