蚕都上田アーカイブ・・・・・・120年前の講義が甦る、小県蚕業学校長 三吉米熊講義『外国養蚕術』他『蚕体生理学』『蚕体病理学』『桑樹栽培法』他

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蚕都上田アーカイブは歴史資料をデジタル化して公開しています

 ようこそ 蚕都上田アーカイブへ このサイトは、「蚕都上田」における蚕業教育の中心的機関であった小県蚕業学校(明治25年創立)とその初代校長(明治25-昭和2年)三吉米熊に関するデジタル資料を公開しています。小県蚕業学校(現上田東高校)は、初めての郡立実業学校として全国から生徒を集め、多くの人材を輩出し、また三吉米熊は教育の世界はもちろん蚕糸業の発展に多大な貢献を果した人物です。

蚕都上田・・・・略史

1.真田氏と上田 中世から近世へ 

1580 天正8年 真田昌幸 沼田城攻略
1583 天正11年 真田昌幸 上田城築城
1600 慶長5年 関ヶ原の後、真田信之は上田領68000石、沼田領27000石の大名となる
1622 元和8年1622 真田信之 松代へ移封 沼田領は長男信吉が引継いだ。(沼田領は17世紀中には改易、廃藩となった。)

真田氏関連図

上田城二の丸橋下


 真田氏は戦国時代小県に小土豪として興り、上信越国境の山岳地帯を取囲むように領地を移動しながら、戦国大名から近世領主への転換を遂げた。この間、上田は真田昌幸と信之の二代によって、近世城下町として整備され、領内の統治体制も整えられていった。
 右は、上田城二の丸橋下、昭和3年から47(1928-72)年まで、上田駅から真田、傍陽まで電車が走っていた。上田駅から市街地の縁を左回りに走って河原柳から真田に向かった。最初の駅が、ここにあった。右側はプラットフォームの名残り。この駅名は、はじめは公会堂下。

2.「蚕都上田」前史 近世から近代へ

 田畑勝手作禁止令のような幕府の経済統制にもかかわらず、経済は活発化し、19世紀には藩財政改善の点からも、積極的な経済政策が求められた。すでに、蚕種製造は先進地に迫る勢いであり、そのための桑の栽培、養蚕も盛んに行われるようになった。

上塩尻村の桑の購入『長野県史通史編』第6巻227p

 天保年間には、他地域との競争のために、蚕種商は上田藩に特権と保護を求めて、鑑札の交付を藩に要請するまでに成長していた。安政4年の記録では、上田領内蚕種商人は516人、その内訳を多いほうから三つあげると、塩尻組250人、洗馬組73人、小泉組63人であった(『上田市史』上、1076p)。
 また嘉永3年(1850)には、上塩尻村蚕種家が養蚕のために村外から購入した桑の量は、左表のとおり(『長野県史通史編』第6巻 227p)。蚕種製造は地域の組織的な産業に成長し、19世紀後半の上田藩はすでに蚕種の大産地であった。
 このような養蚕業の発達の上に、イタリア・フランスの養蚕業が微粒子病によって大打撃を被った時期には、上田小県の蚕種は、開港間もない横浜から欧州に向けて大量に輸出されたのであった。

3.「蚕都上田」の形成と発展

 明治23年、郡制が公布され、長野県では翌年4月から郡制が実施された。明治23年11月には塩尻村の蚕種製造業中島精一が小県郡長に任命されていたが、彼は、地元に蚕業学校を開設すべく設立趣旨書によって、町村や蚕種組合の賛成を得て、明治25年3月の第2回郡会において小県蚕業学校の設立を決議した。

 4月27日の長野県による設立の認可を経て、前年にヨーロッパから帰国した三吉米熊を校長に迎え、5月1日には小県郡立蚕業学校が開校した。群馬県の高山社、埼玉県の競進社のような蚕種業者の教育機関はあったが、公立(郡立)の実業教育学校としては極めて早いものであった。

 中島精一は設立趣旨書のなかに書いている。勉強もさせられず、ただ働かされているので「学理ノ実業ニ応用セラルベキ効益」を若者は知らず、その結果次第に労働を嫌い「父祖ノ業ヲ嫌悪」するようになる。「誠ニ嘆ズベキ」ことだ。
 「学理ヲ研修シ之ヲ他ノ実歴ニ徴照シテ実地ニ応用センコトヲ勉ムルヤ切ナリ

 これは、また、三吉米熊のモットーでもあった。
 「学理の要は勧業,実業の根本には学理がなければならない

 近世末から明治初年にピークを記した上田小県の蚕糸業は、明治政府の殖産興業政策の下で、近代的な形態を備え、大正から昭和のはじめに再び最盛期を迎えることになった。

顕微鏡実験 昭和初年の教室
登校風景,右の建物は繭蔵


蚕糸専門学校正門 昭和初年、左の建物は守衛室、現存している

 昭和初年の蚕業学校 上左は顕微鏡実験 右は登校風景、左は蚕糸専門学校正門、蚕糸専門学校は明治43年創立。我が国最初の高等教育機関だった。小県産業学校長の三吉米熊も創立委員としてその基礎をつくった。戦後の学制で信州大学繊維学部になり現在に続いているが、繊維の名称を冠する唯一の大学として、最先端の教育研究を行なっている。 




4.「蚕都上田」の今 蚕業の歴史から未来へ

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